「神の怒りと憐みが結ぶ十字架」ローマ9:19-10:4
19そこで、あなたは言うでしょう。「ではなぜ、神はなおも人を責められるのか。神の御心に誰が逆らうことができようか。」
20ああ、人よ。神に口答えするとは、あなたは何者か。造られたものが造った者に、「どうして私をこのように造ったのか」と言えるでしょうか。
21陶工は、同じ粘土の塊から、一つを貴い器に、一つを卑しい器に作る権限があるのではないか。
22神が怒りを示し、ご自分の力を知らせようとしておられたが、滅びることになっていた怒りの器を、大いなる寛容をもって耐え忍ばれたとすれば、どうでしょうか。
23それも、栄光を与えようと準備しておられた憐れみの器に対して、ご自分の豊かな栄光を知らせてくださるためであったとすれば、どうでしょうか。
24神は、私たちをこのような者として、ユダヤ人からだけでなく、異邦人からも召し出してくださいました。
25ホセアの書でも、言われているとおりです。「私はわが民ではない者をわが民と呼び、愛されなかった女を愛された女と呼ぶ。
26『あなたがたはわが民ではない』と彼らに言われたその場所で、彼らは『生ける神の子ら』と呼ばれる。」
27また、イザヤはイスラエルについて、こう叫んでいます。「たとえイスラエルの子らの数が海の砂のようであっても残りの者だけが救われる。
28主は、御言葉を完全に、しかも速やかに地上で成し遂げるからだ。」
29また、イザヤがあらかじめ告げていたとおりです。「もし万軍の主が私たちに子孫を残されなかったなら、私たちはソドムのようになり、ゴモラと同じようになったであろう。」
30では、何と言うべきでしょうか。義を追い求めない異邦人が義、しかも信仰による義を得ました。
31しかし、イスラエルは義の律法を追い求めていたのに、その律法に達しませんでした。
32なぜでしょうか。信仰によってではなく、行いによって達せられると考えたからです。イスラエルはつまずきの石につまずいたのです。
33「見よ、私はシオンにつまずきの石、妨げの岩を置く。これを信じる者は、恥を受けることがない」と書いてあるとおりです。
10:1兄弟たち、私は彼らが救われることを心から願い、彼らのために神に祈っています。
2私は、彼らが神に対して熱心であることを証ししますが、
その熱心さは、正しい知識に基づくものではありません。
3なぜなら、彼らは神の義を知らず、自分の義を求めようとして、神の義に従わなかったからです。
4キリストは律法の終わりであり、信じる者すべてに義をもたらしてくださるのです。
